2016年8月21日日曜日

予報

 晴れ。太平洋側には台風が来ているというのに真っ青な空が広がって気温もグイグイ上がった。午後からは台風の影響で不安定になるとの予報だった。部屋の暑さを凌ぐために外出するのも考えものだ。

 まずは作画とばかりに机に向かうも気温の上昇に合わせて室温も上がる。休憩を挟んだり水分を摂ったりしながら描いていたが、気分が悪くなり始めたのでこのままでは良くないと判断した。最も気温の高い時間帯なのでそこでエアコンを入れようものならフル稼働ということになってしまう。それなら自分の身を避難させた方がいいだろう。


撮影:2013/08/22

 自転車に乗ってショッピングモールに向かう。生暖かいものの風があって室内にいるよりは幾らか楽のような気もする。気分が良くない感じは続いていた。
 考えていることはみんな同じなのかショッピングモールは多くの人で賑わっていた。ファストフードやカフェをあまり利用しないせいかちょっと立ち寄ってゆっくりするということができない。一人だと落ち着かない気がするのだ。気になっている映画がタイミング良くやっているわけでもなく、ただいつものように歩き続ける。そして1時間ほど歩いて外へ出た。買い物をして帰ると部屋は36℃になっていた。陽も沈む頃なのでエアコンのスイッチを入れて今日も2度目の水風呂。

 …そう言えば、雨は降らなかった。このまま温暖化が進めば将来の夏はどうなるのだろう。日常生活ばかりではなく農作物や生態系にも影響するだろう。それは少なからず社会にも影響し人生にも関与している。
 人生について計算するAIが登場したらどんな未来を予報するだろう。







腕立て伏せ
1回目:97回
2回目:105回
腹筋運動(Vシット):30回
背筋運動:10回

2016年8月20日土曜日

共通

 陽が射しているのに雨。湿度が高く暑さがまといつくようだ。

 この世界を支配しているという物理法則。異次元や異世界があるとすれば、どんな法則で成立しているのだろう。
 この地球上には多様な大小さまざまな文化・文明が存在している。それぞれの生い立ちも言語も違い、互いの理解がなければ交流は為し得ない。生物もまた多様な環境に合わせて進化し多様な種となったという。しかし、いずれも地球上での出来事。他の惑星や衛星などでは違った環境が形成されている。
 地球とは違った環境でも通用する普遍的な法則を見出すため古今東西多くの科学者が宇宙の謎に取り組んできた。では、異世界や異次元にまで通用するような法則はあるのだろうか。現在発見されている現象とは別の角度からのアプローチは可能なのだろうか。


撮影:2013/08/21

 毎日暑い日が続いている。そもそも熱とは分子が不規則な運動をしている現象なのだという。その運動が少なければ涼しかったり寒かったりするわけだ。暖房にしても冷房にしても現在はその運動量を物理的に変化させようというものだが、他に分子の運動を変えられるような方法はないのだろうかと考えていたのだ。
 例えば、信号のようなもの。
 冷気や暖気を発生させるのではなく分子や原子に向かって直接命令をするような方法である。これは現在見つかっている物理法則では不可能なことではないか…。

 不可能なこと…それは漫画のネタになるということ。

 下絵を引っ張り出して加筆修正を始めたら仕事は際限なくある様子。
 汗を拭いたりタオルに保冷剤を巻いて頭に巻いたり水風呂に二度入ったりして暑さに抵抗しつつ机に向かった。買い物にも出かけず自宅にいたが、ちょっと具合が良くないようだ。無理もない。どうやらボクの頭も過熱気味。


腕立て伏せ
1回目:85回
2回目:105回
3回目:85回
腹筋運動(Vシット):30回
背筋運動:10回

2016年8月19日金曜日

濃淡

 晴れ。今日も気温が上昇し残暑厳しい日となった。まるで夏を燃やし尽くそうとするかの如し。
 Macの調子が良くないような気がしてディスクの修復。Mac miniは放熱機構があまり充実していない印象なので、暑さのせいではないかと思い起動回数を減らしてみた。お陰で作画に集中できる。
 いつもより捗っているような気がしたのに大して描けていない気がするのは、作品というより作画練習中心のせいかもしれない。



撮影:2007/08/20

 今は作画を続けて技術の向上とアイディアの抽出。断片的なシーンを繋ぎ合わせる試み。明確なゴールがあるわけではない。以前はペン入れして台無しになるのが怖くてひたすら鉛筆の下絵だけ描き続けていた。それが今は下絵を描いてすぐにペンを手に取るようになっている。ささやかだが、ボクにしてみれば大きな進歩。描きたいものが頭に浮かんだ時、躊躇いなく描き始められる状態にすること。写真を撮りたい時のために撮影技術を身につけておくことに似ているかもしれない。

 毎日、インターネットで様々な作品を目の当たりにする。濃密で深い味わいのある作品。淡く爽やかで軽やかな作品。どれも個性的で卓越した技術に裏打ちされている。

 ボク自身はどんな作品を描きたいのだろう。子供の頃からたくさんの漫画やイラストなどの作品から影響を受けてきた。同時に自分で描くこともしてきたので今さら画風をどうこうしようと考えることもない。しかし、描いていると正解がわからなくなることがある。どんな絵を描いたって「ボクらしさ」から逃れることはできないはずなのに迷いはつきまとう。その迷いを払拭するためにまた描き続けるのだろう。

 夕方、部屋の暑さに耐えきれなくなって買い物のために外出。やはり外の方が幾分涼しいようだった。
 空を見上げると青空を刷毛で軽く撫でたような雲。水彩絵の具が滲んだような秋の風情。それでも太陽は西の空で煌々と燃えている。
 いつものスーパー2軒とホームセンターを軽くはしご。卵の安売りを見て今日が金曜日だと気がついた。



腕立て伏せ
1回目:91回
2回目:101回
3回目:97回
腹筋運動(Vシット):30回
背筋運動:10回

2016年8月18日木曜日

動向

 朝は寒くて風邪を引きそうだったが、穏やかに晴れてセミも鳴いている。

 所用のため外出。

 自転車でインターネツト回線の切り替えのための情報収集を兼ねてあちこち立ち寄る。iPadにするなら保護フィルムやケースについても考慮する必要があるだろう。価格を確認すると店頭のケースはやはり安い印象。どれくらいの期間使えるかにもよると思う。Macはとても長く使えているので同等に考えたくなってしまう。OSのバージョンアップはそろそろ限界のようなのでMacの買い替え時も考えてチェックはしていたものの、やはり費用面で折り合いがつかない。
 iPad proでないとペンが使えないと勘違いしていたが、スタイラスペンが使えるようだ。使い勝手はわからないが、作画に使えるようなら外出先でのスケッチも可能になる。ただし、陳列されたスタイラスペンは作画に向いているようには見えない。価格とペン先の耐久性も気になるところだ。


2009/08/19

 iPadを導入することで毎日の定例業務の改善を見込むためには現在使っているソフトのiOS版が利用できるかも気になるところだ。調べてみると残念ながらまだ開発中の模様。代替え品が見つかったので環境を整えるための準備が必要になるだろう。この辺りは若干賭けのような綱渡り感が漂う。

 漫画がなかなか軌道に乗せられない状況で機材等へ投資することは控えていたが、今回はインターネット回線の切り替えという予定外の事情がある。現在取り組んでいることを整理し効率化しつつ経費も抑えて活動を活性化する方向で考えた時、必要最低限の環境整備ではないだろうか。光回線にすれば万事OKということにはならない現状なのだ。

 ついでに電機店で地デジのチューナーについて尋ねてみると、ここ数年入荷していないという話だった。ネット上では情報が見つかるので必要なら抑えた方がいいのかもしれない。

 時代は動いているらしい。

 買い物ついでにショッピングモールを散策すると店を出る頃にはへとへとになっていた。こんなに体力なかっただろうか…あったとも言えない。

 日中はあちこち動き回ったので、昨夜考えていた作画の取り組みがまだ実践できていない。車があればもう少し効率的になるのにと思う一方、雑用が増えて元の木阿弥になるような気もする。


腕立て伏せ
1回目:94回
2回目:108回
腹筋運動(Vシット):30回
背筋運動:10回

2016年8月17日水曜日

選択

 土砂降りの音で目が覚めた。台風の影響だろう。
 雨は間もなく上がったようだ。買い物が気になっていたが、今日はとりあえず机にかじりつく。
…それでも相変わらず雑念が飛び交って長続きしない。

 ADSL終了のため、インターネットの切り替えについて考えなくてはならない。この件に関して一体何ヶ月悩んでいるのだろう。光回線は以前乗り換えようとしてダメだったという経緯もあり今更感が強い。しかも、ネットで調べるとなからずしも快適とは言えない場合もあるらしい。パソコンのスペックにもよるため、光に切り替えたからといって体感はさほど変わらない可能性もある。体感が変わらなかったり、場合によっては良くないようなことになるなら何のために切り替えるのかわからない。モデムからISDNやADSLに切り替えた時ほどの必要性を感じないのは現状で不満がないせいだろう。

撮影:2009/08/18

 夕方になって買い物に出ると、すでに陽が沈んでいた。確実に昼間が短くなりつつある。東の空を見るとまんまるな月がぽっかりと浮かんでいた。今日は満月だっただろうか。美しい月が似合う季節になろうとしている。

 iPadにすれば…そんな考えが浮かぶ。現在はいわゆるガラケーを使用しているため、メールの送受信や外出先での活動に限界がある。スマホにすれば高額な通話料やデータ通信量が待っているが、データ通信専用のiPadであれば比較的費用が抑えられるばかりかインターネット使用料が今より抑えられるのではないだろうか。現在使用しているMac miniも必要な時だけWi-fiで通信すれば、起動する必要が少なくなるだろう。そもそもMac minは、インターネット閲覧の必要があって使用していることの方が多い。
 さらに毎日の定例業務にインターネットの必要があるため、朝と夕方には必ずチェックする必要がある。外出先でチェックできるなら拘束されている一日の行動パターンも緩和できるかもしれない。
 すぐにiPadを用意できないとしても、iPadを想定するかしないかで通信するためのルーターの選択肢が変わることになる。

 ずいぶん悩んできた気がするが、少し光が見えてきたかもしれない。
 あとはアイディアに落ち度がないか、計算違いはないか、どこまで検証できるかが問題だ。

腕立て伏せ
1回目:93回
2回目:103回
3回目:75回
腹筋運動(Vシット):30回
背筋運動:10回

2016年8月16日火曜日

目的

 晴れ。数日前には雨の予報だと思ったが、しっかり晴れて暑い日になった。
 雨の心配をしたため、いつもなら自転車で一度間ちょっとで出かけるところへ電車と徒歩で一時間ちょっとかけて出かけた。時間は大して変わらないのに電車だと自由が利かない。電車賃がかかることもあって自転車でかけることが多い。電車ででかけたおかけで熱中症は避けられたかもしれない。
 墓参のために寺でお水を分けて頂こうとすると、少年が一人で観音堂をスケッチしていた。小学生かと思ったら中学生とのこと。夏休みの宿題で観音堂を描いているらしい。将来の夢はまだ決まっていないという。しばらくすると描くことは既に飽きてしまっていたようなので「飽きちゃうから楽しんで描くといいよ」と声をかけた。いつかこの日のことを思い出すことがあるだろうか。

 青空に秋を思わせるような白い雲、緑の田園風景には案山子がいる。蟬しぐれもそろそろクライマックスだろう。

 電車で出かけたお陰で寄り道せずに帰宅。


撮影:2006/08/17

 写真を撮ること。
 フィルム写真の時代は、プリントを手にするまでいくつもの工程があった。撮影してもすぐに見ることはできなかった。カメラはもちろんのことフィルム代もかかったし現像代にプリント代も必要だった。当然、ピンボケや手ブレ、露出の失敗などは極力避けなくてはならなかったからシャッターの意味が今より重かったのではないだろうか。

 デジタルカメラ全盛の時代になった今はどうだろう。
 カメラは相変わらず高価だが、シャッターを切ればすぐに結果がわかるから気に入らなければその場で削除すればいい。ある程度の露出補正は後でもできるしプリントする必要もない。それでシャッターの意味が軽くなっていないだろうか。
 もちろん悪いことばかりではない。良いことの方が多いかもしれない。
 しかし、作品として考えた時はどうだろう。ただ無意味な魂のない写真になっていないだろうか。

 描くことはどうだろう。
 描かなければ始まらないからとにかく描く。描いて描いてまた描いて…それで?ふと我に還る。確かに目的もなく描くことが必要な側面がある。ただ、そればかりでは目的なくドライブしているようなものである。何も思わず何も残らない。自動運転のような時間。何かを伝えようとするならそればかりでは意味がないのではないか。

 目的地や着地点を見定めることが大切ではないか思う。

 夜になって雨。台風の影響のようだ。


腕立て伏せ
1回目:85回
2回目:85回
3回目:100回
腹筋運動(Vシット):30回
背筋運動:10回

2016年8月15日月曜日

浮沈

 晴れていたので洗濯したものの天候は下り坂。少しずつ雲が多くなり夕方には雨がパラついた。
 お盆ということもあってお墓参りと思っていたが、明日は雨の様子。ここ数年、同行する人がいたので連絡を待っていたのだが、今年は既に行ってきたとのこと。もっと早く行っておくべきだった。そして、自分一人でも実行できるよう予定を組むべきだったと反省。何事においてもそうなのだ。依存してしまうと踏み外す。

 曇り空ながら気温は上がったので例によって暑さを堪えつつ机に向かう。思考があちこち飛び回るから集中できていないことが自分でよくわかる。作画の調子は悪くない気がしつつもリズムが掴めていない。深い所へ潜りたいのに水面近くでもがいている感じ。無理したって良い結果が出ないことは周知の事実だが、描かなければ鈍るのは腕立て伏せも同様ではないだろうか。


撮影:2006/08/16

 夕方になって買い物のため外出。雨が降りそうだというのにコピー用紙がそろそろなくなることを思い出して500枚購入。最近、描き損じの紙に描くようになっている。それでも足りなくなろうとしている。
 これだけ描いて何を描こうとしているのだろう。夢は描けているのだろうか。
 年齢を重ねることで感情の起伏が穏やかになって来ている気がする。いや、喜怒哀楽で言えば、「怒」の反応だけが敏感になり喜哀楽が鈍くなっているのではないだろうか。つまらないことに憤慨したり苛立ったりすると抑えるのに苦労する。もっとも若い頃は持つと大変だったかもしれないから、やっぱり喜怒哀楽の全てが穏やかになりつつあるのだろう。

 それで面白い作品は描けるのだろうか。

 ご高齢になっても作品に向かう諸先輩方の事を思えば、むしろこれからなのだと考えてきたことは正しいのだろうか。
 どうすれば心に残る作品を描くことができるのだろう。
 




腕立て伏せ
1回目:85回
2回目:105回
3回目:80回
腹筋運動(Vシット):30回
背筋運動:10回

漂泊

 2021年は変化が大きく波に揉まれるような日々だった。2020年が予想外の幸運に恵まれていたのかもしれない。その波に乗れないまま呑まれてしまったようだ。良いこととそうでないことが同時進行し、気持ちの切り替えに苦慮した。元々器用な方ではないからこう言う時には複数の人格の必要性を感...