2016年11月21日月曜日

制限

 薄曇り。陽射しがあって天気概況は晴れになっていたので霧が出て雲海になっているのかもしれないと想像する。

 昨日買い物に出ているので今日は自宅で作画。漫画の背景描写に慣れるため子供の頃からの古い記憶を辿って描き出してみることにした。
 最近はカメラも良くなっているしデジカメは失敗を気にせず撮影することができるので加工して漫画用の背景に利用することも可能だ。ただし、漫画の舞台が撮影した背景に縛られることになる。その背景を利用した設定であればむしろ歓迎すべきことである。

撮影:2012/11/22

 今はキャラクターや設定をフィクションで制作しているので出来れば背景も創作でありたい。そうでないと自由が利かなくなる気がする。
 写真を模写せず記憶から描き出すことの意味はそこにある。そもそも記憶は曖昧なものなので描き込むためには想像力の助けが必要だ。想像力を働かせて背景を描く訓練を積むことで漫画の世界観を描き出せるようになることが目的だ。

 子供の頃からの思い出は大量にあるはずだ。
 問題はどのシーンを切り取って絵にするかだ。

 案の定、描き始めてみると次々にイメージが浮かぶ。細部にこだわっている余裕はないのでザクザクと描き進めた。
 こういう時のデジタルは頼もしい。たとえコピー用紙であっても意味不明のラクガキを積み上げていくのは胸が痛むからだ。デジタルなら鉛筆タッチで線画を描いた後レイヤーを重ねて彩色すれば、細部を加筆する際にも便利である。
 ともかくイメージが止まらないうちに描いていくことにした。描いている間は時の流れ方が変わるはずだ。いつもならすぐにつまづいて描けなくなるところなのに集中は持続する。制限が外れるほどではないものの脳はいつになく高速回転している気がした。こういう感覚は久しぶりのような気がする。
 次から次へと描いているうちにデータの保存容量が心配になって来た。確認するとやっぱりファイルサイズが大きくなりつつある。すぐに容量が足りなくなるわけではないとはいえ描き続けるならデータの保存先を考慮する必要がありそうだ。

 何をするにしても制限はつきものだ。その制限を限界と捉えずどう活用するかが鍵なのかもしれない。


プランク:60カウント
腹筋運動(Vシット):30回
背筋運動:10回
腕立て伏せ
1回目:105回
2回目:110回

2016年11月20日日曜日

雑踏

 晴れのち曇り。
 天候がすっきりしないので躊躇したが、先日卵を買えなかった安売りの卵を調達に出ることにした。ついでに少し歩いて身体を動かそう。

 外に出ると雲が大群をなして押し寄せるような空模様だった。
 とりあえず、寄り道をしつつ電器店へ向かう。安売りの値札を横目で見ながら新製品情報がないかチェック。以前は電気製品を見るのも楽しみだったはずなのに最近はそうでもない。安売りになっている製品も毎度お馴染みのような気してしまう。安定供給と考えればいいのかもしれない。実店舗を持たないネット販売でもある程度製品情報の確認が可能なのだから何かひねりが必要なのてしないだろうか。パソコンやスマホが急成長したように安定の中から新たな芽吹きが時を待っているのだ。


撮影:2010/11/21

 電器店を出てショッピングモールに立ち寄ると日曜日とあって人出が多い。人波の中をかいくぐるように歩く。混んでいることがわかっていてなぜ出かけるのかと毎度思う。普段あまり多くの人を見ないせいかもしれない。そんなことを思いつついつもの行程の半分でギブアップ。なんだか中途半端になってしまった。
 スーパーに立ち寄って卵などの食材を調達し帰宅するとドッと疲れが出た。
 そういえば一週間ほど元気カレーを食べていない。明日はちょっと変化球で元気シチューにしようかと思う。

 せっかくの日曜日なのだからと作画に取り組んでみる。
 キャラクターばかり描いているので背景の方を描くことにする。これまで背景はキャラクター同様A4のコピー用紙に描いていた。本来水彩紙などを使用すべきかもしれないが、言うまでもなくラクガキするには高価すぎる。そこでデジタルである。幸い鉛筆タッチや水彩表現が可能だ。少し前では考えられないほど表現力の幅が広がっているのだ。
 どんな背景描写が最善か考え模索してきた。鉛筆画を描いたこともあるし3Dソフトを利用したこともある。ここで今デジタルによる手描きという選択肢がある。試さない手はないだろう。
 高価なカメラを手に入れたからといって写真の腕が上達するわけではない。高価な道具を揃えたからといって絵の腕が上がるわけではない。今あるものを使いこなすことで腕を上げるしかない。そしてそれはともかく描き続けることではないかと思う。

 日曜日が終わろうとしている。描く時間が少ないと一日はあっという間に過ぎるらしい。


プランク:60カウント
腹筋運動(Vシット):30回
背筋運動:10回
腕立て伏せ
1回目:109回
2回目:115回

2016年11月19日土曜日

差異

 雨。昨日、買い物に出ていたので今日は制作に専念できる。

 制作…と言ってもデジタル作画の練習である。
 取り掛かる前のイメージとしてはネームのようなラフな下絵を描いてみようと思っていた。
 その前に新しいツールを試してみた。
 新しいツールはペン入れした絵のアウトラインを抽出するものだ。以前はスキャニングしたデータのアウトラインを抽出するStreamlineというソフトがあった。現在は同様の機能がイラレに搭載されているらしい。ボクが使用しているイラレは古いせいかこの機能が思うように使えない。それで同様の機能を新しいツールに期待したわけだが、試してみると抽出するトーンをコントロールできるし悪くないようだった。贅沢を言えば精度のコントロールができると申し分ないのかもしれない。
 仕組みは明暗のトーンを基準にしているようだ。それゆえに肝心なフォルムが再現しきれないような気もする。それでも昔に比べればずっと良くなっているのだと思う。人工知能的なプログラムが組み込まれてトーンに加えてフォルムを再現できるようになればさらに使いやすくなるだろう。


撮影:2010/11/20

 ペン入れした絵は何とかうまくいくので鉛筆画はどうだろうと思って試してみる。するとやはりコントラストが弱いので精度は低くなった。では写真を撮影してトーンの抽出はできるか試してみた。するとこれがなかなか面白い。使い方によっては漫画の背景として利用できるのではないだろうか。

 新しいツールを試して出来たデータに彩色を施す。当然ながら手描きをそのままデジタル化した方が精度が高いためアウトライン化したデータより締まった印象がある。しかし実際は小さなコマで使うのでその差異はほとんどわからないのではないだろうか。実祭にコマに配置してみると特に問題はなさそうだ…いや、なさすぎる。クリア過ぎてアニメっぽいのではないだろうか。背景画とのバランスもあるからさらに検討する必要があるだろう。

 さて、当初予定していた作業にいざ取り掛かってみるとネーム形式にするには素案が必要なのだ。描きかけていた作品をデジタルで再構築することも考えつつ描いてみると、キャラクターが固まっていないせいか雲をつかむような感覚だ。そのためキャラを固めようかと考えて描き込んでみることにする。しばらく描いてみるとアナログで描く感覚と違うためなかなかノって来ない。いや、アナログであってもなかなかノれずにいつも悶々としている。ただ、アナログの場合は限界点がある。保留にするか破棄するか結論を出さなくてはない。デジタルの場合はその限界点がない。したがって悩み続けることになる。
 迷宮の入り口である。
 迷宮を進めば奥で分岐していたりする。右か左か選んでみた所で出口に繋がっているわけではない。迷宮は時を忘れさせいつの間にか夕闇が迫る。

 迷宮に迷い込むのは嫌いではないではないのだろう。たぶん。


プランク:60カウント
腹筋運動(Vシット):30回
背筋運動:10回
腕立て伏せ
1回目:110回
2回目:120回

2016年11月18日金曜日

権利

 快晴。

 描くことは自由であり誰もに可能性がある。だから何の権利も義務もないにも関わらず、描くこうする物語に相応しい画力を身につけて初めて描く事が許されるような気がしてしまう。

 相応しい絵とは何だろう。
 それは作家にしか解らない。そして解っていなくてはならないものかもしれない。
 軽妙なタッチで繊細な雰囲気を表現したい場合もあるだろう。重厚なイメージで社会問題を描きたい場合もあるだろう。どんな作品を描きたいのかによって相応しい絵柄も違ってくるものではないかと思う。実際には描きながら自分のものにするものなのだろう。

 絵柄が決まると作家はその絵柄で作品に取り組んでいくことになる。納得のいく絵柄でなくては長く描いているうちに整合性が破綻しかねない。ギャグタッチとかシリアス路線とか絵柄を描き分けられた方が良いと考えていたことが良いのか悪いのか。


撮影:2011/11/19

 自分の作品を描くための権利を既に手にしているものなら、あとは行使あるのみ…の筈だ。

 天候が良いので先に買い出しに出ることにした。スーパーから書店を回り靴屋に立ち寄ってドラッグストアに入ってみる。するといい感じの室内履きが安く売っていた。すでに霜焼けになっているのでこれからのために購入。それからまたスーパーへ。ニンニクと卵は欲しいと思っていたが、そろそろ料理酒がなくなるので安くなっていないか確認して回る。すると最後に立ち寄るスーパーで全部揃った。いや、揃うはずだった。

 帰宅して作画に取り組む。
  新しいカットを手がけようと考えつつ昨日描いていたカットの修正に終始してしまった。一点公開しようと思って再度確認してみるとアラが見えてしまって結局アップできなかった。

 小腹が空いたので先日購入した柿を食べることにした。皮を剥いて口に入れてみて「あれ?」となった。甘いことは甘いが期待した甘さと違う。怪訝に思いながら確認すると「甘柿」と書かれていた。庄内柿を買ったつもりだったから甘味の質が違うのだ。庄内柿は渋柿から渋抜きをするのに対して甘柿は元から甘柿である。そもそも地元で甘柿は栽培できないと思い込んでいたので産直の店で柿が売られていたらそれは通称庄内柿…地元で採れた渋柿を渋抜きした柿だと思っていた。甘柿を食べることなどあまりにも久しぶりなので味もすっかり忘れてしまっている。まだあるので次は「これは甘柿」と肝に銘じて食べることにしよう。

 夜になってあちこち回っているうちに肝心の卵をすっかり忘れて帰宅してしまったことに気がついた。慌てて再度出かけてみたら安売りの卵は既に売り切れていた。日曜日にはまた安売りになるはずなので忘れないようにしなければ…とおかしなことに情熱を燃やしていたりする。



プランク:60カウント
腹筋運動(Vシット):30回
背筋運動:10回
腕立て伏せ
1回目:110回
2回目:110回

2016年11月17日木曜日

伸縮

 晴れ時々曇り。

 時間とは伸縮するものらしい。相対性理論によると移動するスピードによって時間の経過する速度が異なるらしい。想像しにくいのだが、実際に人工衛星はその時間差を勘案されているという。
 そう考えると個人の生き方によっても時間が流れる速度が違うということになる。車や電車、飛行機などで移動することが多い人と一日中じっとしている人とでは差が生じてくるのではないだろうか。いや、一人の人間の身体のパーツでも違うことになるだろう。頭というのは激しく動かすことは少ないのに対して手足は起きている間中動かしているわけだし心臓に至っては生きている間中動いている。移動しているわけではないから該当しないだろうか。
 つまり人は始終時間移動していることになる気がする。

撮影:2010/11/18

 少し前から始めたデジタル作画のせいかここ数日の時間の流れ方が変わったような感覚がある。目的を見失いかけていた時には無為に毎日が過ぎていくようで焦りとも諦めともつかぬ気配を感じていた。
 今日はもう金曜日か土曜日の感覚なのに「あれ?まだ木曜日?」と軽く驚いたりしている。

 矢のように過ぎていた時間は取り組むべき目的ができた途端、スローモーションのようにゆっくり流れ始めた。頭の回転が速くなったせいだろうか。いや、実際に回転しているわけではない。脳内の伝達信号がスピードアップしたのか…いずれにせよ、人はそもそも時間をコントロールできるのかもしれない。限られた人生という時間を長く生きるには、目的を見つけたり夢を見たり生き甲斐を見つけることで時の流れをじっくり体験することが可能なのではないだろうか。

 目的や夢や生き甲斐を見つけることは言うまでもなくリスクを伴う。経験していないリスクに覚悟など無意味だ。だかからこそ可能な限りの準備をして挑まなくてはならない。

 夕方になって買い物に出た。いつもなら寄り道しながら走る道をまっしぐらに走る。日は暮れ、風は冷たい。目的の買い物をして帰途に就いた。
 帰宅してまたデジタル作画に取り組む。デッサンが狂っているのが気になって何度も何度も納得いくまで際限なくやり直す。

 今日はどれくらい時間移動できただろう。


プランク:60カウント
腹筋運動(Vシット):30回
背筋運動:10回
腕立て伏せ
1回目:116回
2回目:120回

2016年11月16日水曜日

作画

 朝は晴れて風があったようだ。風があるということは天候が変わる合図でもある。やがて雲が出始めたようだ。予報を確認すると午後から晴れる様子。それならば…とまずは昨日の続きで作画練習に入る。

 いつものように紙に描いている時は「限界」が見え隠れしている。調子の良い時でも良くない時でもそれ以上描けなくなるのだ。調子の良くない時は収拾のつかない迷路に迷い込んで出られなくなるし調子の良い時は描き進めることでせっかくの絵が破綻しそうになる危機感が生まれる。そんな時にもう一歩前に進んだ結果は丸めてゴミ箱行きになることが多い。


撮影:2010/11/17

 デジタル作画の場合、当然のことではあるが何度でもやり直しが可能だ。迷路に迷い込みそうになったら全部消去して初めから描き直すことも可能だし、描き進めることで絵が破綻しそうになったら取り敢えず保存して別途描き進めてみればいい。結果を選択的に分岐することが可能なわけだ。お陰で集中力は持続する。描いても描いてもまだ描ける。際限なく描き続けることができるのだ。描き損じの紙が山のようになって自責の念を感じる必要もない。もっとも、電気代はかかっている。

 食事の後、所用を済ませるために外出。いつものように運動不足の解消も目的だ。
 風の音が強い気がしていたので少し覚悟していたら大したことはなかった。用を済ませた後、ショッピングモールを歩いた。ここ数日おでんが続いているのだが、これくらい動けば大丈夫かなと思ったら塩分の摂りすぎだった様子。明日からまた塩分控えめにするしかあるまい。

 帰宅して定例業務を済ませると夕食までの時間を利用してまた作画。アプリの鉛筆機能は確かに便利だが、実際の鉛筆の感覚とはやはり違う。慣れるまで描くことが必要だろう。
 描きながら着地点をどうするか迷った。いかにデジタルだからといって鉛筆タッチのままでは弱いのではないか。ペンタッチの機能も試してみたもののイメージ通りに描くことは容易ではなさそうだ。つまりはアナログ作画もこれまで通り描くべきなのかもしれない。
 デジタル作画を抵抗なくできているのもアナログで描いてきたからこそなのだろう。無駄な時間を過ごしてきたわけではないのかもしれない。

 気がつけば作画のことにかかりっきりになって物語の制作が後回しになっている。ん〜…まずい。いや、焦らないようにしよう。

プランク:60カウント
腹筋運動(Vシット):30回
背筋運動:10回
腕立て伏せ
1回目:110回
2回目:115回

2016年11月15日火曜日

鉛筆

 朝は穏やかに晴れていて気温もさほど寒く感じなかった。先に買い物を済ませたほうがいいだろうかと考えていたら午後から雨音が聞こえ始めた。

 晴耕雨読などというほどのことではないまでも雨となったら腹を括るしかない。机にかじりついて制作に取り組む。最近は天候の良い日が続いていたため制作の方が疎かになっていたことは否めない。机に向かうのが遅すぎるくらいだ。その間に考えていたことを試すには良いタイミングとも言える。


撮影:2005/11/16

 考えていたことというのは、アナログで作画したカットをどのようにデジタル化すればスムーズな制作ができるかということだった。これまでのようにアナログで描いたものをスキャニングしてデジタル化し彩色してレイアウトする工程は長すぎて気持ちが萎えてしまうのだ。技術的な問題には設備の問題もつきまとう。
 新たに使い始めたレイアウトアプリは、直感的な操作が可能でアナログをデジタル化さえすればレイアウトの効率が上げられそうな気がしていた。まずは操作を身につけようとしばらく試用していたのだ。

 今日は実祭に描き上げたものから次々にレイアウトすることが可能かどうか実践してみようと考えていた。フォーマットが用意できていればそんなに難しい話ではないので作業そのものは問題なさそうな気がしていた。
 鉛筆で描いたカットにペン入れをしてデジタル化の際に主線を抜き出す。アタリだけ取ればいいものをつい彩色まで進めてしまった。幾つかのアプリを連携しての制作になるため全行程を確認しておく必要はあるのでそのまま進めることにした。2点ほどレイアウトしてみた限りではこれまでよりかなり順調な気がする。

 ついでに鉛筆の下絵もデジタルイラストとして加筆できるかを試してみる。あれこれやっているうちにこれまで試用していた時には気がつかずにいた機能を見つけた。説明書などというものは読まない方だし大抵のアプリは使っているうちに解るようになると思っている。そもそもわかりにくいと使わなくなってしまう。そのため便利な機能があることに気がつかないこともあるわけだ。そしてさらに気がついたのは「鉛筆機能」。これまでデジタル彩色は筆のタッチを使っていたので鉛筆機能は使う必要がなかった。アナログの時点でペン入れして鉛筆のタッチを消してしまえばデジタルでは出る幕がないことになる。ところがこの鉛筆機能を試したみたら思いの外使い勝手が良い。
 アナログでせっかく雰囲気のある鉛筆の下絵を消してまでペン入れするのはなぜかといえば、トーンが弱く印刷に向かないことだろう。それから摩擦で薄くなったり消えてしまったりすること。そう考えてみるとデジタルで鉛筆の線を再現できれば摩擦で薄くなる心配の必要はない。印刷への対応を保留することにはなるとしても最終出力がデジタルなら鉛筆のタッチで仕上げる可能性が出てくる。それというのも鉛筆機能のタッチがこれまでの認識より自然な印象なのだ。

 せっかくだから鉛筆機能でどこまで描けるか試すことにした。描きながら「本当にそれでいいのか?」という疑問が脳裏を過る。いかに自然であるとは言ってもデジタルはデジタルである。不測の事態によって一瞬のうちにデータが失われることもある。アナログの制作は物理的に成果が残るというメリットがある。
 そんなことを考えつつも描いていると修正が容易だったり消しゴム機能によって綺麗さっぱり消せるという事実も捨てがたいことに気がつく。アナログではどんなにしっかり消しゴムをかけたつもりでも紙の繊維に残っていたりするからだ。そして鉛筆機能を使って制作した場合、ペン入れの必要がないとすれば最終的目的をどこに着地させるかという課題も生じる。

 夢中になって描いていたら日はとっぷりと暮れ、買い物に出るのも忘れていた。こういう集中力は大切にしたい。もう少し鉛筆機能を試してみることにしよう。


プランク:60カウント
腹筋運動(Vシット):30回
背筋運動:10回
腕立て伏せ
1回目:110回
2回目:114回

漂泊

 2021年は変化が大きく波に揉まれるような日々だった。2020年が予想外の幸運に恵まれていたのかもしれない。その波に乗れないまま呑まれてしまったようだ。良いこととそうでないことが同時進行し、気持ちの切り替えに苦慮した。元々器用な方ではないからこう言う時には複数の人格の必要性を感...