2016年9月7日水曜日

継続

 涼しい朝。
 時折、陽が射す薄曇りの日。

 今日はゆっくりしようと思った。
 暑さが一段落したこともあるし、思うように結果が出ていないのは無意識に自分を追い詰めているからではないかと思ったこともある。

 3年目について考えていた。
 1年目、ある程度は勢いで踏ん張れたとしても2年目は失速しがち。不調の波に悩むことになる。3年目は慣れによる慢心や気負いによる考えすぎで思うように力が出せない。自分自身の過去のパターンを考えるとそんな傾向がある気がする。それで3年目は気合を入れようとするものの結果的には空回りになりやすい。

撮影:2011/09/08

 最近、過去の作品を見ることがある。

 時を経て内容に遜色がないだろうか。
 イラストは追加できないだろうか。

 現代社会を反映するように作品までもが消費され過去の記事は目の届かないところに埋没しがちである。自らが過去のものであると片付けてしまいがちではないだろうか。しかし、作品は時を得て意味を持つことがある。たった数年の時を超えられずして今後数十年の時を超えることは難しいだろう。可能な限り追加修正するなどして再び光を当てるための何らかの工夫が必要ではないだろうか。

 蒔いた種を育てるかどうかということだ。

 買い物があったので例によって自転車で外出。
 雲が多くなっていたため涼しい。走り始めた時は寒さを感じるくらいだった。ちょっと走るつもりで結構あちこち立ち寄った。産直の店は季節の移り変わりを感じさせる。今年は桃もトウモロコシも食べる機会がなかったなぁと思いつつ好物の一つである和梨「八雲」を購入した。

 気持ちを緩めると思いがけず新しい発想ができたり、いつもと違った角度から考えられるようになったりする。
 今日は幾つかのアイディアと新たな目標をイメージすることができた。


腕立て伏せ
1回目:103回
2回目:105回
腹筋運動(Vシット):30回
背筋運動:10回

2016年9月6日火曜日

仕事

 晴れ。予報に反し、しかしまた予想通り暑い日。
 電気使用量も上がっているらしい。こういう日はソーラー発電も順調ではないのだろうか。再生可能エネルギーの時間ごとの発電量は可視化されていないようだ。
 少し雨がぱらついたお陰で昨日のような暑さには届かなかったものの室温は夕方になったも高かった。明日こそは涼しくなるだろうか。

撮影:2009/09/07

 人生もそこそこ長く生きてきた。
 暑さによる体調不良もさることながら、疲れやすい気がするのは年齢のせいもあるだろう。少し描くと眠くなる。単に眠いというより脳内の循環が滞る感じがする。15分も眠ればスッキリするとは言っても時間がもったいないことこの上ない。

 父は職人だった。暑い夏の日も仕事場で汗を流していた。真面目で一本気であったため、そのまっすぐさ故に行き過ぎることもあったが、仕事はきっちりしていた。

 楽とは言えない生活は、子供心に何にもない生活のような気がしていた。しかし、仕事はお客さんのお宅の生活に活かされ、狭い部屋で家族が身を寄せ合っていた。今にして思えば、当たり前の幸せがあったのかも知れない。父は家族という大きな仕事をしていたんだろうと思う。

 その意味でボクは何も持っていない気がする。
 これから何を残せるのだろう。

 朝目覚めるということ。
 制作の合間に仮眠して目覚めるということ。
 それは当たり前ではないということが意味を持ち始めるのかもしれない。


腕立て伏せ
1回目:95回
2回目:110回
腹筋運動(Vシット):30回
背筋運動:10回

2016年9月5日月曜日

環境

 晴れ。今日も厳しい暑さ。湿度が高かったせいもあるかもしれない。

 外出できない用があったので蒸し暑い部屋でラクガキの裏紙にラクガキしつつ作画練習。作画だけでなくストーリー展開できる発想を待っているのだが、暑さに耐えるので精一杯な気がする。室温は34.9℃を記録。
 夕方、一旦水風呂に入ってエアコンのスイッチオン。カレー作りに取り掛かった。

撮影:2008/09/06

 住む場所を選んだところで夏は日本国中どこでも暑いだろう。身体が土地に順応すると暑さ寒さの感じ方も変わる気がする。今住んでいる土地に引っ越してきた時は涼しいとすら感じたはずだ。ところが16年も経つと暑いものは暑い。温暖化の影響もあることだろうから16年前と単純に比較することもできないだろう。しかし、以前住んでいたところは今住んでいるところより夏は暑かったはずだし冬は雪がないから乾燥して寒かったはずだ。

 改めて住まいの構造の大切さを考える。何度かの引っ越しの経験の中では間取りとしては3DKの部屋がちょうど良かった。物が多いので部屋数が多いと助かる。ただ、鉄筋コンクリートだったせいで夏は暑かった印象がある。ロフトのある部屋は部屋数は少なかったが、冬は温かく眠れた気がする。

 住みやすい土地から土地へ移動するのも憧れる。住まいにしても移住にしても経済的余裕があれば可能ではある。その夢を追ったところで「描くため」という本来の目的が達成できなければ意味がない。仮にこれから経済事情が好転したとしてそれらを満足させられる条件の住まいに意味があるだろうか。

 例えば、ボクがこの世を去った後、記念館や工房として多くの人に親しんでもらえる施設を建てられるなら悪くないかもしれない。しかし、それはあまりにご都合主義だろう。著名な作家だけに許されることなのだ。

 天気予報では、今日が暑さのピークだったようだ。
 8月の初旬にも同様のことを言った気がするから果たしてどうなることか。ともかく制作できる状態になって欲しいものだ。


腕立て伏せ
1回目:101回
2回目:103回
腹筋運動(Vシット):30回
背筋運動:10回

2016年9月4日日曜日

虚像

 晴れ。暑い日が続いているせいか体調が良くない。それでもなんとか努めて机に座るも捗るわけはない。
 以前住んでいた部屋でこれほど暑さを苦にしなったのは南向きの窓が大きくなかったからか、エアコンの効きやすい間取りだったせいか。もちろん気候の変化もあるだろう。

 人生設計をする上で、まずは勉強して進学し優良企業の正社員を目指すのが一般的なのだろうか。バブルの頃ならそれも悪くなかったかもしれない。もっともバブルの頃は一生フリーターでもなんとか生きられそうな雰囲気すらあった気がする。時代は変わった。ともすれば希望の会社で正社員として働くことだって容易ではない時代があり、そもそも正社員という立場が夢や希望のように語られる時代になろうとしている。

 少子化だから人手不足になりそうなものだ。人材の使い捨てスタイルは変えようとしても簡単に変えられるものでもないのだろう。何しろ「頑張る」とか「努力」という人の想いを利用している。
 頑張った先が崖っぷちだと知っていれば努力するだろうか。
 奈落の底に落ちて初めて気がつく頃には時既に遅し。後戻りしようにも崖っぷちは遥か頭上にある。

 どうすれば良かったのだろう。
 頑張ったはず。一生懸命やったはず。
 それが間違っていないとすれば、一心不乱に崖っぷちへ走ってしまったことになる。


撮影:2006/09/05

 現代の教育機関は少しでも早く安定した職業に就くために効率良く出来ているのではないだろうか。勉強を頑張ってスポーツを頑張って競争に勝ったものが次の競争に参加する権利を持つ。
 競争を嫌い、穏やかな人生を過ごしたいと願うことは企業にとっても社会にとっても不都合なのだ。
 何故生きるのかと疑問を持つことも不自然ではない。社会に適合するためだけに生まれてきたのではないのだから。それでも多くの人は順応するために努力し心をすり減らすことで生きる。

 社会構造についてボヤいてみたところで何ら変わりはしないだろう。
 ただ、これから人生設計を考える立場にある人は虚像を見破る目を持って欲しい。そして力をつけて欲しい。やりたいことが見えていないなら探して欲しい。
 やり甲斐を見出し頑張る時は、踏み止まる意志と撤退する勇気を持って欲しい。

 生きていれば色んなことがある。
 正解だと信じていたことが誤解だったりもする。
 生きているからこそ虚像が現れては消えるだろう。

 もしかしたら崖から落ちて初めて理解することかもしれない。虚像を見破る目を持つために崖から落ちるのかもしれない。しかし、崖が高ければ高いほど立ち直るのは容易ではないだろう。高い所へ向かわないのが正解だとしてもそれは叶わないことだろう。

 大切なことは何なのか考え続けて欲しい。


腕立て伏せ
1回目:87回
2回目:114回
腹筋運動(Vシット):30回
背筋運動:10回

2016年9月3日土曜日

変遷

 晴れ。気温上昇。
 どうやらまた台風の影響のようだ。

 今日はデジタル制作をしてみた。イラストをデジタル化し線画を抽出。そしてデジタル彩色。あまり使い慣れていないソフトなので操作方法で一々迷う。ただ、結果としてやりたいことはどのソフトも大きくは違わない。
 しばらく取り組んでいたが、部屋が暑いような気がして具合が良くない。もしやと思い室温を確認すると案の定33℃を超えていた。朝晩は涼しくなっても日中はまだ夏だ。


撮影:2009/09/04

 買い物やリサイクル出しなどのために部屋を脱出…いや外出。

 ショッピングモールに向かうとやはり人出が多い。衣料品は秋物にシフトしている様子。
 丁度、陶器市を開催していた。以前は陶器を好きだった。もちろん今でも嫌いではない。ただ、日々の必要な食器はたくさんあっても使うものは限られている。百均でも丈夫でデザインを工夫したものがあるので陶芸を生業にして生活できるのか心配にもなる。
 人工知能の登場により様々な職業が将来姿を消すと言われている。芸術家は残るだろうという話もあった気がするが、そもそも芸術家人口は多くないだろう。それさえも今日は出かける時間が遅かったのでいつものコースの半分で終了。

 今年は本当に暑さの厳しい夏だった。梅雨の頃には涼しくなるのではないかと予想すらしていた。台風の発生位置が北上したせいか迷子のような動きをした台風もあった。建築物や建造物は過去のデータを元に計算し設計されているから、変化に対応することはそもそも想定されていないのではないだろうか。そして様々の制度設計もまた同様なのかもしれない。地球温暖化という言葉で片付ければ済む問題ではなく、変化に対応しなくては生き残れないのではないだろうか。


腕立て伏せ
1回目:98回
2回目:105回
腹筋運動(Vシット):30回
背筋運動:10回

2016年9月2日金曜日

愉快


 晴れ。

 ユーモアが足りない。
…そんなことを思った。辛いことも苦しいことも笑いに変えられるような…そんなユーモア。もしかしたら漫画の持つひとつの使命かもしれない。

 そんなことを考えていてラクガキしてみた。


 どうもイメージと違う。
 自嘲というかブラックというか…ほっこりした朗らかな笑いとは違う。
 真面目であること。真剣であることを美徳とするのは日本人の持つ美徳かもしれない。それは誰かを追い詰めたり自分を追い詰めたりすることではない。

 苦しいこと。辛いこと。悲しいこと…。

 朗らかな笑いに変えられたらどんなにいいだろう。
 ボクの作品にはそれが足りない気がする。

 買い物があったので自転車で外出した。
 暑さもいくらか和らいでいる様子。


撮影:2011/09/03

 書店に立ち寄っていつも歩くコーナーを練り歩いていてふと思い浮かんだのは「落差」。
 オチというものは、泣き笑いの感情の落差が鍵を握っているのではないだろうか。深刻な状況を笑ってしまうような落語のようにほっこりした朗らかな笑いが欲しい。つい、設定でそれをやってしまいがちだが、そういうことではないのだろう。
 名作として語り継がれる古典落語は時代の流れにも耐える力がある。それは泣いたり笑ったりの構成がしっかりしていることはもちろんだが、落語家の語り手としての力量も問われてきた。

 設定が如何にしっかりしていても、伝えるべき作家としての漫画家の力量不足では伝えるべき感情や思考の高低差を伝えきれない。
 画力だったりコマ割りだったりコントラストだったりリズムだったり…必要な条件はいくらでもあるだろう。その工夫の結果として大切なことが伝わるか否かが問題なのだ。


腕立て伏せ
1回目:100回
2回目:103回
腹筋運動(Vシット):30回
背筋運動:10回

2016年9月1日木曜日

旅路

 晴れ。夜は寒いくらいだった。
 おかしな夢を見たのはそのせいだろうか。

 乗り合いバスのようなジェットボートで旅に出た。チケットがあってどこか目的地があったようだ。そのジェットボートは水陸両用で山のようなところも波を越えるようにジャンプして走ることができる。他にも客が乗っていて旅は和気あいあいとした雰囲気だった。途中、立ち寄るところがあって下船。そこは「書」という地名の山里だった。
 実在しそうな地名だと思ったが、調べてみてもそれらしい地名はヒットしなかった。

 もしも脳内に世界があって書とか描とか読というような地名があったらどんな町や村だろう。ちょっとした物語になりそうな気がする。

撮影:2012/09/02

 残暑が厳しい。日中の室温が33℃を超えていて驚いた。
 ここ数日、外出していないような気がして夕方になって買い物に出た。

 空は晴れて青空が広がっている。刷毛で撫でたような雲が秋の気配を感じさせた。今年は室温の高い部屋にいると具合が悪くなる気がする。当たり前のような話ではあるが、これまでは暑くてもそんな風に感じたことはなかったのではないだろうか。体調の変化でなければいいのだが…と少し心配になる。
 夕暮れ近い空に浮かんだ芸術的な雲はまだ強い陽射しに照らされて燃えているように見える。

 この世界にもまだ見ぬ旅路が待っているのか。


腕立て伏せ
1回目:103回
2回目:106回
腹筋運動(Vシット):30回
背筋運動:10回


漂泊

 2021年は変化が大きく波に揉まれるような日々だった。2020年が予想外の幸運に恵まれていたのかもしれない。その波に乗れないまま呑まれてしまったようだ。良いこととそうでないことが同時進行し、気持ちの切り替えに苦慮した。元々器用な方ではないからこう言う時には複数の人格の必要性を感...