気がつけば先を行く人が見当たらない。先輩だったり先人だったりが歩いたであろう道をしっかり歩けているのたろうか。
子供の頃、身体に似合わない大きなランドセルを背負って小学校まで歩いて通った。1km?それとも2kmくらいだろうか。子供の感覚では途方もなく遠かった。風の日、雨の日、そして炎天下の日。雪の少ない地方だったので雪道を通ったことはないはずだ。通学路沿いには防火用水があったり放置された藪があったり坂道も砂利道もあった。
ランドセルは授業のための教科書やノート、それから筆箱や連絡帳などを普通に入れるだけでいっぱいだったし書道の道具や給食袋が必要な場合に至っては手提げの荷物が増えていた。
あの電柱まで頑張って歩こう。次はあの電柱。そして…効率最優先の現代社会では通学時間が長いことは褒められたものではないかも知れない。それでも基礎的な体力とかあと一歩進むという行為を毎日続けていたことは無駄にはなっていないような気もする。
撮影:2003/10/11 |
高校を出て社会に出れば職場には上司や先輩がいた。転職が多かったお陰でいつしか年下の先輩も珍しくはなくなっていた。
先輩とはいつも先を歩く人だった。わからないことがあれば相談できるのが先輩だった。
漫画を描いたり写真を撮ったりしていてもわからないことや相談したいことは次々に出てくる。調べ物が必要になることも少なくないし、それぞれの分野には先駆者がいて様々な活動を展開している。ただ、どの道が正解とか間違っているというものではない。そして進むべき道を考えた時、いつの間にかどの道も該当しないような気がしてきているのだ。
もしも先駆者のいない道を進もうとしているなら進むべき方向の判断も安全確認も試行錯誤の中から学んでいくしかない。
先日から取り組んでいる漫画のページを確認していてふと思った。
「まだ1ページ目だ…先は長いぞ。」
目の前のことに集中していたがため先のことが見えていなかった。全体に深めていかなくてはならないのに1ページ目にかかりきりになってしまっていたのだ。由々しき事態である。思えば、目の前のことが納得できるまで先へ進めないのは若い頃からの傾向だった。その都度先輩が先へ進むことを促してくれたのではなかっただろうか。その度に納得が行かず不満を漏らし反発もしてきた気がする。無駄にプライドが高く自らの未熟さが原因とは思いたくなかった。
全体を見渡すことで次に取り組むべきことは見えてくるだろうか。またイチイチ煮詰まったり躓いたりするのだろう。それでも一歩ずつ先へ進む必要があるのだ。
プランク:60カウント
腹筋運動(Vシット):60回
背筋運動:20回
腕立て伏せ
1回目:108回
2回目:105回
0 件のコメント:
コメントを投稿