そんな日はジタバタもがいたりせずに静かに過ごすのが良いのだと解ってはいても、普段から大して進んではいないことを考えれば少しでも前に進みたいと思うのが人情だろう。実際、そんな風にもがいているうちに風が吹き始めたりアイディアの切れ端が浮かんでくることもある。
しかし、今日はホントに何も浮かばない。考えずに出来ることをと思って机に向かい鉛筆の下絵に加筆してみるが、それすらも長くは続かなかった。やるべきことは山ほどあるはずだ。それがわかっているからたとえ無駄になるとしても尚もがこうとするのだ。
撮影:2006/05/25 |
窓の外では、野鳥が気持ち良さげに美声を披露しているのにその声が錆びついたアイディアの扉を開くことはなかった。
いつか山の中でアカショウビンの声を聴いたことがある。聴き慣れていないせいか、その声は名匠が手がけた楽器の逸品を彷彿とさせる音色で、何かの天啓ではないかと思うほどだった。
ニホンジカが鳴く声も美しい。雅楽器の音色を連想させる神聖な響きは大気を震わせ脳を振動させるかのようだった。
「もしかしてボクはもう終わっているのではないか。」
そんな不穏な想いが過る。それを言うなら「始まってすらいないない」の間違いだろう。
下手な考え休むに似たり…である。
何となく雅楽器の曲を聴いてみたら何故か気持ちが少し落ち着いたのでまた少し机に向う。
今日は結局買い物にも行かなかったからいつもより多少運動不足だと思いつつ夕飯を済ませると急に脳内スイッチが入った。夜の制作は翌日に響くのでしばらく前から控えるようになっていた。気候の変化もあって体調がシフトしたがっているのだろうか。日中と違って雑念も雑音も少ない。机に向かってみると昼間の状態が嘘のように鉛筆が走った。この状態が翌日まで続くことは期待できないが、わずかでも前に進めた感覚を得られたのだから贅沢は言うまい。
明日からは制作のスケジュールを少し変えてみよう。
腕立て伏せ
1回目:110回
2回目:110回
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