昨夜の夢で見ていたのかもしれない。
午前中、何となく新たな漫画の設定をぼんやり考えていた。
人は予定に従って行動している。
日常的に当たり前のこととなっているから疑問を持つことなどないかもしれない。しかし、時間通りに目覚ましが鳴り、定刻には電車が来て、いつもの時間に出社したり登校したりしている。おかしなことを言うかもしれないが、これは実際、不思議なことである。そしてそれを不思議に思わないまま生活していることがまた不思議である。
子供の頃、大人のしていることはとても不思議だった。
たとえば春の息吹が萌え立つ頃。山菜の芽吹に合わせて山へ行った。
たとえば潮干狩りの日。大潮の時間に合わせて海へ繰り出した。
たとえば秋の紅葉の頃…たとえば…たとえば。
その多くを教えてくれたのは寡黙な父だった気がする。繰り返す季節を過ごして得た知識は季節を先読みする能力だったのだろうか。
気がつけば、大人が先読みすることを不思議に思えた子供の頃の目線をすっかり忘れてしまっている。
予定とは、つまりは未来のあるべき状態を予測して行動することだ。予定外の事態に遭遇することがあっても、その困難をくぐり抜けて不確定な未来を確定することである。
考えてみれば、それは人間に限らない。野生の動植物とて経験則や遺伝子に刻まれた習性を元に行動し不確定な未来を確定することで生きている。そればかりか海も山も雲も雨も季節も月も太陽も…あらゆる事象が予定表のない予定を黙々と確定している。
過去を変えることは出来ないと認識しているが、ともすれば予定のある未来が現在を拘束していることにならないだろうか。生きることとは、まだ見ぬ不確定な未来を確定することなのかも知れないとさえ思える。
午後から制作続行。
下絵中心に5枚。数枚は以前に描いてあったモノで加筆修正と言った感じだ。調子が悪いというほどではないが、少しいつものバランスがとれないような感じがした。ペン入れ前だが、いつものようにスキャニングしてイラレでレイアウトしてみる。思っていた配置では繋がりが良くないので大幅なレイアウト変更。ただ配置しただけでは動きがないし面白味に欠ける。まだ背景を描いていないことも原因だろう。いつになったら直感的にレイアウト出来るようになるのだろう。
現在描いている作品は結末を曖昧なまま終わらせる予定だった。しかし、漫画の中くらいハッピーエンドを用意した方がいいような気がしている。たとえ漫画であっても明るい未来を想い描いた方が、今を幸福に生きられるのではないだろうか。それはもしかしたらボクの役割なのかもしれない。
腕立て伏せ:115回
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