最近、映画を観に行く機会がめっきり無くなった。創作活動をしていながら感動する機会が少ないと言うのは褒められたものではない気がする。そのうちテレビで見られるだろうと思っているからだが、そのまま忘れてしまうこともあるから感動の機会を逃していることに他ならない。もう少し感動に対してどん欲になるべきなんだろうか。映画などのストーリー性のある作品は漫画と共通点もあるので影響を受ける懸念もあるとは言え、感動そのものの機会が少ないコトによる弊害はないのだろうか。
そもそも感動するということは、どういうことなんだろう。
一言に感動と言ってもその中に秘められている意味はひとつではない。だから受け取るメッセージもひとつではない。ある人が感動したことに他のある人は感動しないということもある。素晴らしい作品に触れると感動することは共鳴なのかもしれない。多くの人が感動するということは、それだけ多くの人と共鳴する響きを持っているのかもしれない。
共鳴は創作意欲を呼び覚ます。スランプだからと言って腕立て伏せをしてみたり近所を散策したりして刺激になることを模索しているが、入場料を払って感動を確かめることも必要なのではないだろうか。ただし、そこに感動があるかどうかは受け手の問題もある。どれだけ話題になっていようとも受け手がどういう印象を受け取るかによって意義が変わってしまうのだ。一種の賭けとも言えるだろう。その結果如何が創作意欲を左右してしまうような賭けをするは正直なところ勇気が必要だ。
今日は昨日より少しだけ漫画を描く感覚が強くなった気がした。鉛筆やペンを握って紙に描くより前に微かながら脳内にイメージを描くことが出来た。以前なら当たり前に出来ていたことを今また自分のものとして取り戻そうとしている感覚だ。ただ取り戻すのではない。一度バラバラになってしまった感覚を新しいもの取り込んで組み立て直すのだ。
ボクは画力というクリスマスプレゼントを受け取ったのだろうか。
腕立て伏せ:109回
2015年12月25日金曜日
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