一言に芸術と言っても幅が広く奥が深い。興味が持てる作品もあれば持てない作品もある。深く知りたいと思うこともあれば、一瞥して通り過ぎてしまうこともあるだろう。 小中学校の美術の教科書に紹介されていた画家のうち印象に強く残った一人にマグリットがいる。シュールリアリズムに分類されるような現実感を超越したような画面構成や画風。リアルな表現が非科学的な構成に科学的な裏打ちを感じさせる。
撮影:2016/05/22 |
現代は描くという手法の他に撮るという手法がある。絵描きとしての道を進めば描いていたかもしれない世界観を写真を合成することで再現することは可能だろうか。すっかり忘れていたその感覚をふいに呼び覚まされた。
昨夜、床に就いてから考え事をしていたが、眠れなくなってしまったので起き出して写真を探してみた。しかし意図も企画もないままに撮影している写真から素材を探し求めて組み合わせることは容易ではないことに気がついた。
朝になり昨夜から気になっていたことに手をかけてみた。
やりたいこと、やらなくてはならないことがあることは承知しつつそういうことにがんじがらめになって自由さを失ってしまうと前に進めなくなる気がするのだ。
アマガエルとの組み合わせによる作品なら何かできそうだと思いつつそれも簡単にはいかない。
カタツムリの写真と山林を撮影したカットを組み合わせたら面白そうだと感じたので実験的に制作してみた。合成して配置してから画像の解像度や太陽光の角度などを意識しつつレタッチをしてみると「描く」ことに近づいて行く気がする。
おそらくイメージを先にラフスケッチしてから必要なパーツの制作に入る方が合理的なのだろうと思う。その方がテーマも明確になるだろう。その場合、必要な写真が手に入るとは限らないからやはり描いた方が良いということになる可能性も否めない。
例えば抽象画のような作品に触れた時、鑑賞するものの思考は理解しようとして様々に想像の翼を広げるだろう。そういう時の心の動きは写実作品とは違ったているのではないだろうか。何を意味しているのか、どう理解すべきかと思いを巡らせる。時には思考を停止させてしまうこともあるかもしれない。そういう心に作用するものが作品であり芸術なのかもしれない。
巧いとか下手だとかそういう評価さえも超越してしまう意図が根底にあることが望ましい。
プランク:60カウント
腹筋運動(Vシット):50回
背筋運動:10回
腕立て伏せ
1回目:108回
2回目:110回
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